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学校では教えてくれない裏の価値観

日常に根ざした事柄を追求して、はっきりといわせてもらいます。

声も顔も知らないけど、みなさんヤッホー。

今時、他人に興味を抱く人が少ないということは、少なからずみなさんもわかっていると思う。
だって、人というものは時には面倒なこともあるからね。もっとお手軽で、それでいてもっと面白いものが世の中には沢山あるから。
でも、それなのに人はわがままだ。
他人には興味がないのに、自分の事を知ってもらいたいという気持ちは誰しもそれなりにはあるんだから。
そして、幾つになっても自分のことを賞賛されたがってる。
自己の肯定を常に自分以外の他人からも求めてる。
どうしようもない、生きてる限りずっとわがままだ。
でも、そんなわがままで自己主張が強い人間が書くブログは、案外見る人も多い。
とてもありがたいことに、このブログを見てくれる人もちゃんといる。
そして、今もこうして、自らの気持ちをここに書き込む自分自身、見てくれる人がいるからこそのモチベーション。
自分が生まれ持って今まで育んできたこの性格は、良くも悪くも自己主張が尽きないから、きっと生きてる限り、あらゆることをここに書き込む。
それが、この世界に生きる誰かの共感を誘うなら、とても幸いに思う。
 
今までにも、たくさんの偉そうなことを考えては、ここに書き込み続けた。
自分は理想を思い描くことが好きだ。
それは決して特別なことではない。大昔から多くの人間が考え続けてきたこと。
その結果としての今日がある。
そして、これから先の未来がある。
 
ただ、ここで何を思い、何を提案しようとも、それが世の中に与える影響はほとんど無いに等しい。
それでも、意味はあるのか?
望みは叶うのか?
理想は少しでも自分に近づくのか?
 
意味は、ある。
望みは叶わないかもしれない。
理想はきっと少しでも近づける。
 
自分は生きてる限り、自己満足を追い求める。
この飽食の時代、慢性的に生きるか死ぬかの瀬戸際に瀕したことがない我々日本人は、自己満足達成こそが人生の意義。
今日も、自己満足を追い求めてここに書き込む。
 
「見てください、みなさん。
今、僕はこの世界に、確かに生きていて、ここに書き込み、皆さんへ自己主張します。
インターネットの中の、わずかな文章の羅列。
声も姿もわかりません。
ですが、確かに生きて、ここに存在しています。ヤッホー」
 
わがまま自分勝手、すみません。
でも、これからもこのブログを続けます。
少しでも、誰かの共感を誘うなら、とても幸いに感じます。