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学校では教えてくれない裏の価値観

日常に根ざした事柄を追求して、はっきりといわせてもらいます。

多様性はどんどん失われていく。

2016年、なんだかいつの間に時間は過ぎていく。

84年に生まれ、約31年間、時代というものの色々な変化を感じながら、これまで生きてきた。
それはたったの30年余りではあるが、その変化は割と凄いものであった。
バブル崩壊によって、国民全体が徐々に貧しくなり、スマートやエコロジーが重視される世の中へとなっていった。しかし同時にデジタルという技術が成長著しく、国民の生活は大きく変化した。
不景気とデジタル技術。
この二つの要素が変えていった生活の変化を、どれだけの人が予想できただろうか。
 
…まずはじめに言ってしまうと、結果として良い社会になったのかといえば、そうとは言い難いように思う。
 
インターネットは我々に広い世界を見せてくれた。
多種多様なコンテンツが、世の中のあらゆる興味を教えてくれた。
広く浅くではあるが、良いものや悪いものは何か、学べた。
結果として、良いものは残り、悪いものはどんどん無くなって言った。
そして、以前よりも更に、少数派より多数派の為の社会へと変わっていった。
オモチャも、ゲームソフトも、マンガも、雑誌も、ありとあらゆる種類のものが、不経済のあおりを受け、エコロジーやスマートという概念の果てに、淘汰されていった。
 
そして今この現代、改めてバブル期の頃を見て思う。ちょー楽しそうだと。
確かに中には明らかに無駄なものもあったが、それはそれで奇妙キテレツ、一興というやつである。
今ではもう、予算がないから無駄を削減するばかりで、そういう変な遊び心は全て不必要とされ、後々非難まで受ける位だ。
だから、ふと外で、無駄にお金のかかったであろう変な建築物を見つけると、感動すら覚える。
バブル期は面白い時代だったんだなあと感じて、少し羨ましくなる。
 
そんなバブル期にはあった多様性。それらは全て、景気に支えられてようやく生きていたものだ。
もちろん、今でも国民全体お金に余裕があったならば、それぞれが色々な趣味に没頭できるから、当然職種も多彩になり、聞いたことないような本当に変わった職業も沢山あっただろう。
やはりお金があったバブル期の方が文化的にも非常に勢いがあったし、数々のアーティスト志望の若者が、何とか日銭を稼ぎながら生活をして、成功する夢を追いかけていた。
 
だが、生活するだけで精一杯という今の世の中。
景気というものが衰退すると、本当に世の中がつまらなくなるのは、至極当然の事だ。
現代人がつまらなくなったのではない。
現代人の生きる社会がつまらなくなったのだ。
誰一人、危険を冒して挑戦することなく、生活だけを守り、年をとって死んでいく。
誰かに何かを分け与えるゆとりはなく、助け合いは行われず、それどころかむしろ、誰かに騙され奪われることを恐れる。
人は余裕を失うと、いくらでも非情になれるから、これから先どんどん格差社会になっていくにつれて、自殺も犯罪もどんどん増えるに違いない。
多様性とは、やはり経済のバロメーターでもあるようだ。
それと、絶滅の危機に瀕している動植物など、生物の多様性保護という国家予算で行う取り組みも、今はまだあるが、今後の景気の次第によっては、それの予算すらも打ち切られるかもしれない。
人口がガクッと減る近未来、廃村になる村も町も多々出てくるだろう。
国民総生産が減るから、当然税収も減るばかり。必要な分の労働力もないから全国の道路整備もままなら無くなるし、案外、廃墟の村に野生の王国が栄えるようになったりして。
 
 
僕の暮らす町も、以前には一つの独立した市であったが、より大きな市と合併してしまい、何だか寂しい気持ちもあった。
あちらこちら、何処でも吸収合併ばかり。
脱サラ、独立なんて言葉からは、夢や希望というより、今や不安しか連想できない。
ひたすらに、将来の保障ばかり案じて、自らに眠る好奇心を殺し、ただ、我慢しながら毎日を暮らしていくのみ。
子供の頃や、若い時ほど遊んで、色々な体験をするべきだという意見もあるが、そのような事をしていたら、その人の将来が危ぶまれてしまうから、現在まともな親なら許さないだろうと思う。
しかし、バブル期には経済の不安など無かったし、まともな給料もあったから、どんな風にでも生きていけるような気さえしていた人が多い。
 
それと、バブル期を支えたものの一つには、必ず訪れる明るい未来というキーワードがあったに違いない。
大阪万博で、未来のテクノロジーの進歩の可能性を感じさせ、国民全体に明るい未来を信じさせた。
公共事業も沢山あったから、どんなに若い頃にやんちゃでも、低学歴でも、家庭を持ち、子を育てられた。
でも、これからの未来には、もう劇的な発展など無いことが、ネットワークの進歩によって広く知られてしまっている。ネットワークは今まで知らなかった世界、未知の世界を、既知の世界へと変えてしまった。
後はもう、如何に自分の心を誤魔化して、それなりに楽しく生きていけるかを考えるしかない。それが一番ポジティブな生き方になってしまった。
 
全ての人や子供が、足並み揃えて歩き続ける事を是とする現代社会。
面白くなるわけがない。
でも、それでも人は本能的に面白さを求めてやまない。
ワクワク、ドキドキしながら生きたい。
そして、そうでなければ経済の活性化に繋がるはずはない。
我々国民は楽しまなくてはいけない。
未来のためにも。
 
幸い、結婚適齢期以下の男女にはいつの時代にも共通の楽しみである恋愛というものがある。
恋愛を奨励することが、出生率の低下に対しても有効な手段であることは、疑うまでもない。
まあ、奨励なんて簡単に言っても無理だろうし、実際やっても効果出なそうだけど。
 
多様性のある時代が、僕らの生きてるうちに再び訪れるといいよね。
人間は道楽至上主義なんだから、遊び心は必要だよ。