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学校では教えてくれない裏の価値観

日常に根ざした事柄を追求して、はっきりといわせてもらいます。

人間界の弱肉強食が招く未来。

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世の中は基本的に弱肉強食の実力社会である。

共産主義社会主義、資本主義などのあらゆる国が世界には多々あるが、国民生活全てを統一させられる共産主義であっても、実力社会であることには変わりない。ご存知、動植物の自然界でも弱肉強食の実力社会である。
ダーウィン自然淘汰説の通り、この弱肉強食の実力社会では、能力の高い種から子孫を残し、繁栄していくシステムだ。
そしてこの理は、そのまま人間の実力社会にも共通している。
ただ、人間の実力社会では動植物の世界と違い、生存競争の方法が色々あるので、あらゆる種類の実力というものがある。
大まかに例を挙げると

  1. お金
  2. 人脈やコネ
  3. 知力


体力に限っては、単純な力が支配する動物の世界ほどの影響力を持たないので今回は省かせてもらうが、上記4つのどれかが備わっていれば、人間の実力社会でもある程度のものは手に入れられる。
ただ問題なのは、上記の要素が備わってない人でも如何にそれなりの人生を送れるかという部分にある。
当然、少しでも実力差などのハンデを埋めるために義務教育などが存在しているのだが、それでも落ちぶれてしまう人は少なくない。
そういう人は当然結婚や子供を持ちたいと希望しても、相手探しも難しいのはもちろん、経済的にも難しい。
さらに今の時代、単純な作業からどんどんオートメーション化しているので、職にも付けない可能性が高くなるし、貧富の差は広がるばかりだ。
ちなみに現在の日本では、皆さんも知る通り少子高齢化という社会問題が発生している。
当然この問題には、上に書いたような理由も大きく影響しているのだが、もう一つの原因は交通の便と情報化社会の影響だと思う。
交通の便が良くなる前の、情報化社会になる前の日本人は、普段住んでいる町から外にはなかなか出ないし、動き回る世界の広さはとても限定的だった。
そんな限定的な世界の中には限られた人たちしかいないので、結婚相手も身近な人が多かった。
しかし今や我々の世界は昔より広く、情報化社会によって世の中には様々な魅力溢れる異性がいることを知り、価値観が肥えてしまったのだろう。
異性の評価基準も容姿や知性、お金の有無など、細かく分類されランク分けされる。
そして、学校という場所が選択肢を広げてしまった。同じ世代の若者が一箇所に集められるので、沢山いる生徒達は勝手に比較されてしまい、良い人悪い人が分けられてしまう。
その中でも当然良いとされる人材は限られており、結果的に男も女も一部の人しかチャンスがなく、それ以外の人たちは恋愛の機会すらない。これでは、少子高齢化するわけだろう。
とはいえ、一度身についてしまった価値観を拭い去ることはできず、それでもお相手が欲しいと言うのなら、心のどこかでは感じるであろう妥協という選択を見て見ぬ振りして、自らをマインドコントロールし、恋に恋する状況を作り上げれば良い。一種の魔法のようなものだろう。当然、これはいつまでも解けない類の永遠性のある魔法ではないが…。
まあそれでも現代の人間は、文句無しの最高の幸福なんてものが手に入らない事も理解してるし、叶うわけがないような大それた夢も、希望も持ってはいないのだろうと思う。残念ながら。

飽食の時代である現代は、飢え死にの心配こそなくなったが、依然として弱肉強食の理からは逃れられない。
これから先の子供が作り出す、理想の社会実現とは、どのような形なのだろう?
もし、それがユートピア論なのだとしたら、…俺はそこには住めそうもない。
ゲームの中のような単調な世界なんぞに憧れはない。
それなら精神世界に関心を抱く事の方がよっぽども広くて、可能性が広がっているのだということに、これから先どれだけの人が気付くのだろう?
幸せとは感情の力が生み出すものなのだから、心の内側の探険の方が可能性があるし、面白いと思うんだよ。
そうだとは思いませんか?

この枠が消せません。たちけて。