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学校では教えてくれない裏の価値観

日常に根ざした事柄を追求して、はっきりといわせてもらいます。

もう一人の自分。感情を観想する。

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人はどんなに歳をとって色々な経験をし、色々な知識を得てきても、結局はその時の「感情」に左右されながら生きている。

つまり、言い換えてみれば感情こそが、生きる原動力であり、力の源であると言える。
力の源であるのなら、感情をうまく引き出せれば、いつまでも頑張れるのではないかと思うのだが、感情というやつは何一つ思い通りにはならない。感情というこの存在は言わば裏の自分であり、真の自分そのものだろう。理性的に見れば心の闇ともいうし、潜在意識とも言う。
この感情という、少しも言いなりにならない曲者は、全ての人間の中に潜んでいるのだが、爆発した時のエネルギーは「凄い」の一言である。
例えば鬱になると、感情はまるで眠ってしまったかのようになりを潜める。生きるための原動力とも言える感情が眠ってしまったら、生きていないようなものだ。だから、感情が爆発するということはある意味健康的と言えるだろう。
しかし、健康的だからといっても思い通りにはならない感情の力は当てにはできない。そんな当てに出来ないような事を考えても時間の無駄だという意見も一理ある。
だが、感情は常に良い部分にのみ作用するわけではないということは誰もがご存知のことと思う。

感情は思い通りにはならないので、時には暴走する。後悔を起こすような結果も招く。

賢い人なら今までの人生の経験から、こういう時にこういう感情が爆発しやすいだとか、ある程度の予想の中で生活していると思うが、そういう人ならわかるはずだ。全て思い通りにはならないことは確かだが、予測することで多少は思い通りにはなるのである。
しかし、この方法をとると感情の波は多分に小さくなる。やはり、予想をしないほうが強い感情が生み出されるので、どちらが良いのかは断言出来ない。

感情は曲者である。

嬉しいことも、悲しいことも、腹立たしいことも、全ては感情が生み出すことだ。感情を無くして生きることはできない。

これから先も、ずっと、行き当たりばったりの綱渡りのドラマを見せてくれるのは、他ならぬ自分の内側のもう一人の存在です。
両方、可愛がってあげられるといいですね。